オリンピックアスリートの平常心はどこから来るのか そこから私たちが学べること

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平昌オリンピック、男子フィギュアスケート、
いや~、素晴らしい という言葉では足りないほど、
見事なまでの試合を見せてくれましたね!

日本人選手のメダルラッシュに沸きつつも、
なかなか金メダルにだけ手が届かずにいる中、

ケガを乗り越えて見事金メダルを獲得した
羽生結弦選手の超人的な演技、
別次元のメンタルの強さには、
ただただ圧倒されるばかり。

いざというときに、きちんと結果を出す集中力。
自分を追い込み、
それを変な緊張に置き換えるのでなく、
完璧さへと導くメンタリティー。

あの若さで、なんと立派なことでしょう。

自分に厳しく、微妙な心身の変化にも敏感で、
それをきっちり調整していく能力は、
常人をはるかにしのぐものがあるのでしょうね。

銀メダルに輝いた宇野昌磨選手も、
完璧な演技だけでなく、
その独特な発言も注目の的。

フリーでジャンプの失敗の後、
自分で笑ってしまったというのですから、
なんという余裕!!

自分がしっかり見えているのですね。

その後のインタビューで、
「(オリンピックは)僕にとって特別な場所じゃない。
最後まで、一つのいつもの試合でした。」
と語ったとか!

信じられない話です(笑)

宇野選手にはユースオリンピックへの
出場経験があるので、
今回のオリンピックも
ある程度想像できていたということのようです。

とはいえ、
その余裕の表情にはひたすら驚きます。

というのも、
話は古くなりますが、
取材する立場として、
長野オリンピック・パラリンピックを
経験している私からすると、

「オリンピックは特別です!!」

これは断言できます。

4年に1回だからという特別感はもとより、

世界中から集結する取材陣の多さは
他の国際大会の比ではなく、
観客の多さ、盛り上がりも別格。

街に降り立った瞬間から
肌で感じる高揚感。

街ゆく人々の人種、国籍の多様さ、
障害のある人もない人も、
極寒の街を、笑顔いっぱいで行きかいます。

何から何まで、“いつもの大会”とは
明らかに違うのです。

なのに、いつもと同じだと言い切り、
実力を100%発揮できてしまう裏には
何があるのでしょうか。

私のような凡人が勝手に推測でものをいうのは
おこがましい限りですが(汗)

おそらく、

演技だけでなく、
大会の全てをイメージングしてきたから

ではないかなと。

そのように思うのです。

どんな仕事であれ、立場であれ、
平常心を保つためには、
まずは事前準備が大切ですよね。

そのかなで、
イメージトレーニングは、
近頃ではアスリートの皆さんならずとも
一般的に行われている
トレーニングの一つです。

ポイントは、
そのイメージの範囲をどこまで広げるのか。

宇野選手なら、
演技はもちろん、
きっと、
オリンピックで沸き立つ
会場やその周辺の雰囲気まで含めて、

羽生選手なら、
体の動き一つ一つに始まり、
演技中の歓声、応援してくださる人たちの表情、
自分が連覇し、
ファンの皆さんの歓声に応えるところ、
表彰台に上っているイメージまで
想像していたのかもしれません。

そこまでし尽くしたのなら、

目の前に広がる景色が
独特の雰囲気を放つオリンピックの場であったとしても、

頭の中で思い描いた景色が
現実として目の前にあるだけなわけですから、

雰囲気に呑まれることなく、
いつもと変わらない平常心で
試合に臨むことができた。

と、想像することが出来ます。

羽生選手の言葉、
「僕はオリンピックを知っていますから。」

知っていたことが
強みの一つになったことは確実ですね。

このブログをごらんくださる方の多くは、
人前で話すことに不安があったり、
少なからず、
自分にどこか自信を持てずにいるかと思います。

さすがにオリンピック選手並みに!というのは
無茶なことかもしれませんが、

それでも、
自分に置き換えたときに、
どのようにこの素晴らしいアスリートたちの経験を
生かすことができるだろうか?
と考えて、
取り入れることなら出来るはずです。

会場入りするところから
自分が話す場面、
怖がりの方や心配が先立つ方なら、
失敗した時のリカバリー方法まで、
しっかりシミュレーションして
本番に臨むのもありですよね。

学べることはたくさんあります。

オリンピックアスリートたちの、

自分の弱さに引っ張られることなく、

完遂するのが辛いであろう
自分のやるべきことに食らいついて、

そこを乗り越えたからこその
素晴らしい結果は、
私たちに、たくさんの気付きや学びを与えてくれています。

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